Research

当研究室では、非線形・非平衡物理学やソフトマター物理学と、数理統計・機械学習によるデータ解析技術を組み合わることで、生命にあらわれる自己組織化現象の研究を行っています。分子の集合から細胞が、細胞の集合から組織がどのように現れるのかに興味をもっています。また逆に、現象から数理的・物理的に興味深いテーマを見出すことも重要だと考えています。

分子から細胞へ、細胞から組織•個体へ
分子の集まりに過ぎない細胞が、どのように構造を生成・維持し、外部環境を検知して行動に結びつけているのでしょうか?また、動物の体では、細胞増殖や分化を通してそのサイズやプロポーション、左右対称性の制御などが高精度に行われていますが、細胞集団がシステムとして自律的に働く背景には、どのような制御原理が働いているのでしょうか?このような問いには、細胞の物理的基盤や物理的制約(モノ)と、システム論的・情報論的思考(コト)を融合させたアプローチが必要となってきます。近年のライブイメージングをはじめとする実験技術の進歩により、細胞内や組織スケールでのタンパクの発現•活性の時空間的振る舞いが見えてきており、分子の局在や振動といった時空間ダイナミクスが、上に述べたような生命機能に大きな役割を果たしていることがわかってきました。このような過程において、分子や細胞という要素が相互作用することで個々の要素より大きな構造が形成されますが、要素の協同的•自己組織化的な振る舞い、「要素から集団へ」という様式は、統計力学や非線形物理学が得意とするものです。私たちは、これらの物理理論に基づいて、生命システムにたち現れる集団運動やその制御原理の問題を調べています。

細胞集団の物理
個体発生において、個々の細胞は力を生成・検知し、力を介した相互作用を行うことで成長・再生や変形・維持を行います。このような力学的視点からの形態形成の問題は古くて新しい問題であり、近年ではTissue Mechanicsという分野も形成されていますが、組織内部で働く力の定量や分子的実態、組織変形の制御原理についての多くはまだまだ未知です。私たちはこれまで、細胞集団内に働く力の新しい計測手法と、新規な数理モデル(連続体モデル)を開発してきており*、これらの手法を用いて細胞レベルの性質から組織レベルの挙動を理解することを目指しています。物理の観点からは、例えば接着因子依存の細胞集団の流動性転移や、細胞の集団運動に興味を持っています。
*杉村薫博士(東京大学), P. Marcq博士(Sorbonne大学)らとの共同研究

細胞の情報処理
目や耳、そして脳を持たない単一の細胞にとって、環境の感知はローカルなものですが、それでも状況に応じた高度な情報処理を行います。特に化学シグナルの勾配検知(走化性)は捕食や発生過程、免疫応答等に重要な役割を果たしています。真核細胞の走化性でにおいて細胞は空間勾配を読み取ると考えられていますが、我々はシグナルの時間変化も重要な役割を果たしていることを示しました*。シグナル場の持つ時間的空間的揺らぎがコードする位置情報や方向情報をどう取り出して行動に結び付けているのか、その仕組み(ソフト)がどのような分子的基盤(ハード)から現れるのかを調べています。
*澤井哲博士(東京大学)らとの共同研究

非線形・非平衡現象
生命現象の数理モデルを進める中で、以下のような現象を見出しており、非線形動力学や統計力学に基づいた研究を進めています。(1)保存量のある反応拡散系では、系の詳細によらずに、いわゆる相分離現象とよく似た粗大化ダイナミクスが起こる(自由エネルギーのない相分離系)。 (2)曲面上で起こる様々なダイナミクスは、その曲率の効果を受けますが、ある種の曲面上では、その曲率の効果によってパターン伝播が駆動されることを見出した。他にも細胞集団の示す様々な非線形、非平衡現象(細胞集団の示すジャミングや分子揺らぎに起因する非線形現象)に興味をもっています。

細胞運動と細胞構造形成
多くの現象で、蛋白等の分子の活性の自己組織化過程を通して細胞の構造や運動が現れます。このような、細胞サブスケールで現れる自己組織化現象(運動や構造形成)も興味深い対象です。これまで、細胞内部のアクチン重合を伴う化学反応波や、微小管ネットワークの物理的相互作用から、細胞極性や、アメーバ様の一見ランダムな運動、多繊毛の秩序だった配位などが現れて来ることを調べてきました。

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石原自身は、非線形力学や統計力学が教える「現象横断的な理解」すなわち、多様な現象を理論的な視点から一貫した見方で捉えることが重要だと考えています。一方で、生物学の総合科学的側面に面白さを感じており、生命システムの理解のために有効なアイデア(数理モデルの構築・解析から、データ解析手法の開発まで)を出すことに重きを置いています。いずれかにでも興味があれば、是非研究にご参加ください。
e-mail: csishihara@g.ecc.u-tokyo.ac.jp